大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)807号 判決 1980年7月15日
控訴人(附帯被控訴人) 兵庫信用金庫
右代表者代表理事 園田正和
右訴訟代理人弁護士 中原康雄
同 澤田恒
被控訴人(附帯控訴人) 辻井彦太郎
右訴訟代理人弁護士 前田知克
同 田中章二
主文
本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴人に対し、金五七八万九三一一円とこれに対する昭和四七年八月一七日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
本件附帯控訴を棄却する。
訴訟費用は附帯控訴を含め、第一、二審を通じこれを二〇分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、その余を、被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。
この判決は、被控訴人勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者双方の申立
控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴(附帯控訴)代理人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴につき、「原判決中附帯控訴人(被控訴人)敗訴部分を取消し、原判決を次のとおり変更する。附帯被控訴人(控訴人)は附帯控訴人(被控訴人)に対し、二億八〇〇〇万円およびこれに対する昭和四七年八月一七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも附帯被控訴人(控訴人)の負担とする。」との判決ならびに仮執行宣言を求め、附帯被控訴(控訴)代理人は附帯控訴棄却の判決を求めた。
第二当事者の主張、証拠
当事者双方の主張および証拠関係は、次の主張を附加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
控訴人(附帯被控訴人・以下第一審被告という)の主張
一 須鎗株式会社(以下須鎗という)は、本件(四)(3)の土地の地積をおよそ(四)(1)の土地の地積分、(四)(4)の土地の地積をおよそ(四)(2)の土地の地積分増加させる変更手続を土地台帳上なし、更に、本件係争土地を譲受けた大和商事において同様の地積変更登記を経由した。その結果(四)(1)、(2)の土地(本件(三)の土地)は消滅し、土地台帳上も消却され課税の対象からも外されたのであるが、登記簿上は滅失登記がなされないままであった。その後須鎗は、本件係争土地を買戻し、第一審被告にこれを本件(一)、(二)土地名義で売渡し、第一審被告は被控訴人(附帯控訴人以下第一審原告という)に対し、右土地全部を売渡した。須鎗は日機装に対して昭和四五年すでに滅失し登記簿上のみ本件(三)土地として残っているに過ぎない土地を譲渡したのであって、第一審原告は、第一審被告からすでに買受け所有している土地を日機装からその必要がないのに二重に買受けたに過ぎない。
二 仮に第一審被告に損害賠償義務があるとしても、右損害額は本件売買契約当時における客観的取引価格を基準として代金減額相当分五七八万九三一一円とこれに対する年五分の割合による遅延損害金の限度にとどまるべきである。原審認定の三八〇〇万円は第一審原告と吉岡興業間の売買代金三億九一九〇万二〇〇〇円を基礎として算出された手付金相当額であり、これは履行利益を算定基準として算定された額で不当である。
第一審原告の主張
一 第一審原告において、日機装が本件(三)の土地を須鎗から譲り受け、その旨の登記がなされていることを知ったのは昭和四六年一二月である。
二 第一審原告は吉岡興業に対し、本件係争土地のうち原判決添付別紙図面(二)の赤線で囲まれた部分の土地を代金三億九一九〇万二〇〇〇円手付金三八〇〇万円、内金一億円の支払日昭和四六年一二月一五日として売渡し、事情を知らないまま吉岡興業から一億円を受領した。したがって、第一審原告は吉岡興業との契約を解除することができなくなり、吉岡興業は第一審原告に対し右契約の履行を迫り、不履行の場合には損害賠償として二億円の支払を請求した。第一審原告は日機装に対し二億八〇〇〇万円を支払ったことにより三八〇〇万円と損害賠償の支払を免れたのであって、本件損害を信頼利益の範囲に限るとしても二億八〇〇〇万円が損害額として相当である。
証拠《省略》
理由
一 本件売買の成立ならびに登記の関係、本件(一)ないし(三)の土地の範囲、本件売買以前における本件係争土地の所有の経緯、本件売買に際し本件(一)、(二)の土地名義で売買された土地が現地で指示されて引渡がなされ、その対象は本件係争土地全部であってその中に本件(三)の土地が含まれていたこと、ならびに飾磨信用金庫から兵庫信用金庫に至るまでの合併及び名義変更についての判断は、原判決一三枚目裏末行目「4」を「3」に改めるほか、原判決九枚目裏一行目冒頭から同一四枚目表二行目「できる。)」までの判示と同一であるから、これを引用する。
二 次に、第一審被告に民法五六三条に基づく担保責任があるか否かについての判断は次のとおり附加訂正するほか、原判決一四枚目表四行目「前出」から同判決一五枚目表一一行目「べきである。」までの判示と同一であるからこれを引用する。
1 原判決一四枚目表一二行目「青線」を「赤線」に、同枚目裏一一行目「書類」から同枚目裏一二行目「死亡したとかで」までを、「長年経過し、当時の担当者は死亡し、書類もなくなっていたため」に改める。
2 原判決一五枚目表七行目「いうべきであるから」から同枚目表八行目「いたものということができ」を「いうべきところ、第一審原告は、須鎗との売買により本件(三)の土地の所有権をも取得(本件(一)、(二)の土地名義で)したが、右(三)の土地の登記名義が須鎗に残っているのを幸いに須鎗がその後右土地を第三者たる日機装に売却し登記を経由したことにより、第一審原告はその所有権を第三者に対抗することができなくなったのであるから、売買の目的たる権利の一部が他人に属していたものとえらぶところがなく、」に改め、同枚目表一一行目「いうべきである。」の後に、「尚、第一審被告は、本件(三)の土地は、本件(四)(3)、(4)の土地について前判示の地積変更登記がなされたことにより滅失し、右(三)の土地については滅失登記がなさるべきである旨主張するけれども、異地番の隣接する土地の所有者が一方の土地の地積を他方の土地の地積分増加させる変更登記を経由しても、他方の土地はこれにより滅失するものではなく、右地積が増加した土地について登記の面積が実体に合致しなくなったに過ぎないというべきであるから、右主張は採用できない。」を加える。
三 抗弁1(除斥期間の経過による消滅)についての判断は、原判決一五枚目裏一行目「本件係争土地」から同一七枚目表六行目「することができない。」までの判示と同一であるからこれを引用する。
四 抗弁2(損害賠償請求権の時効による消滅)について
本件損害賠償請求権も民法一六七条一項の準用により権利を行使し得るときから期間一〇年の消滅時効に服するものと解するを相当とする。しかしながら、《証拠省略》によれば第一審被告は本件売買契約に基づいて本件係争土地の引渡を了し、(三)の土地についての所有権移転登記手続のみが未履行の状態にあったと認められるところ、売買による所有権移転登記請求権は独立して消滅時効にかからないから、本件(三)の土地について日機装に登記が経由された昭和四六年八月三一日が損害賠償請求権を行使しうるときであって消滅時効の起算点になるというべきである。してみると、第一審原告が本訴を提起した昭和四七年七月二五日には未だ右時点から一年を経過せず時効が完成していないことは明らかである。したがって、第一審原告の右抗弁は採用することができない。
五 抗弁3(第一審原告の過失)、抗弁4(第一審原告が第一審被告の権利取得を不能にしたのだから信義則上損害賠償請求はできない)、抗弁5(時効の援用を放棄して本件損害賠償請求をすることは信義則上許されない)、抗弁6(失効の原則)についての判断は、原判決一七枚裏七行目(「民法五六三条」から同二〇枚目表五行目「採用できない。」までの判示と同一であるから、これを引用する。
六 進んで、第一審原告が第一審被告に対して請求し得べき損害額について判断する。
民法五六三条による売主の担保責任は、売主の債務不履行に基づく損害賠償責任と異なり、売買当事者間の衡平をはかる見地から買主を保護するために特に売主に課した責任であり、右売主が負担すべき損害賠償の範囲は、権利の一部が他人に属し、売主がこれを買主に移転することができないことを知っていたならば買主において被ることがなかったであろう損害すなわち信頼利益の賠償に限られ、債務不履行の場合のように契約が有効に存在することを前提として権利の一部に瑕疵がなかったならば買主が得たであろうすべての利益を損害とする履行利益の賠償には及ばないと解すべきである。そして信頼利益の賠償についても、民法四一六条が類推適用さるべきであって、一部移転不能によって通常生ずべき、右不能と相当因果関係の範囲内にある損害が賠償の対象になるのであって、その余の損害は特別事情によって生じたものとして右事情が売買契約当時売主に予見され、または予見し得べき場合に限って賠償の対象になるものというべきである。
ところで前判示の事実によると、第一審原告は飾磨信用金庫から本件係争土地二二四〇八平方米を代金一〇三五万円で買受け、代金を支払ったところ、そのうち本件(三)土地一二五三四平方米が他人の所有に帰し、同金庫において第一審原告に所有権を移転できなくなったというのであるから、右(三)土地の対価として支払った分に相当する五七八万九三一一円(1035万円÷22408×12534 円未満切捨)は第一審原告において右事情を知っていたならば支払わなかったものであって、信頼利益に属し、かつ通常生ずべき損害として民法五六三条三項により買主たる第一審原告が賠償請求をなし得る損害であると認めるのが相当である。
第一審原告は、本件係争地二二四〇八平方米中、原判決添付別紙図面(二)赤線で囲んだ部分一一九〇〇平方米の土地を代金三億九一九〇万二〇〇〇円で他に転売する契約の履行のために、本件(三)の土地を二億八〇〇〇万円で日機装から買入れたのであって、右買入代金相当額は善意の買主たる第一審原告が蒙った損害として第一審被告に請求し得べきものであると主張するが、右買入代金相当額は、本件(三)の土地について前記権利の瑕疵がなかったならば第一審原告が得たであろう利益(係争土地の転売による利益が右代金相当額だけ減少)すなわち履行利益に属するものというべきであるから、右損害を賠償すべきであるとする第一審原告の主張は採用できない。
なお、《証拠省略》によれば第一審原告は、吉岡興業との前記売買契約の際手付金を三八〇〇万円とし、第一審原告が履行に着手するまでは手付金の倍額を返還して契約を解除することができる旨を吉岡興業との間に約し、同会社から契約成立と同時に右手付金を受領していることが認められるところ、右契約が売主の都合により破棄することが可能な段階においては、売主は解約手付金の倍戻によって契約を破棄することができ、その場合には第一審原告は少くとも右手付金相当の損害を受けることになるが、右損害も民法四一六条二項の特別事情に因って生じた損害というべきであるから、本件売買契約成立当時飾磨信用金庫において右事情を予見し、または予見し得べかりしことの主張立証のない本件においては、第一審原告において右損害の賠償を請求することはできない。
したがって、本件の場合第一審原告が第一審被告に対して請求し得べき損害額は五七八万九三一一円にとどまるものと認めるを相当とする。
七 以上の次第で、第一審原告の本訴請求は、そのうち第一審被告に対し五七八万九三一一円およびこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四七年八月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。
よって、原判決を右の限度で変更し、本件附帯控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担および仮執行宣言につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 谷野英俊 裁判官 丹宗朝子 西田美昭)